ナイトクラブトリッパー

音の圧力。爆音という言葉が当てはまるのだろうか。

 

面白いところがあるからと、学生時代の友人に誘われて訪れた都内のクラブ。

この友人は昔から遊び好きだったし、この場に慣れているが、俺は違う。

こんな騒がしい場所は初めてだ。

若そうな男女が音に合わせて身体を揺らしている。入口でI.D.チェックがあったということは、皆それなりの年齢であるはずなのだが、だらし無い笑いを浮かべながら暗がりの音にのまれている姿を見ると、自分よりも、もっとずっと幼く見えた。

 

踊る、音楽を聴く、酒を飲む、ナンパをする…

しかし、俺たちの本当の目的はこれではない。

 

メインのバーカウンターの横の扉。扉の前に立つセキュリティの男性に友人が何かを伝えると、その扉の奥に通された。

「お前もさー、こういうの、興味あるんじゃねーの?」

友人が爆音に掻き消されないように声を張り上げる。

目の前に現れたのは円形の小さなステージ。バブル期のお立ち台のようなそれを囲むように客席が用意されている。ここは、一部の人間しか入場できない、秘密の緊縛ショーのステージなのだ。

照明が切り替わり、ステージを照らす。エレクトロな音楽が、さらに大きくなる。

二人の女性が姿を現した。

「あの人さ、普段はDJなんだけど、緊縛師なの。女性の。」

髪を明るく染めた長身の女性。ジーンズとTシャツというラフな服装が良く似合っていた。

もう一人の女性は背が低く、黒髪に黒いキャミソール、青白い肌、細身の四肢。派手な化粧の長身の女性とは対照的な雰囲気の、暗の魅力のある少女だった。

「あの子はモデル。最近デビューしたんだ。」

 

少女に縄がかけられる。

俺は、彼女から目が離せなくなった。

縛られて徐々に不自由になっていく少女。

丈の短いキャミソールから伸びる細い脚も、縄からは逃れられない。

少女の身体は縄により吊るされ、宙を舞う妖精のような姿になった。

ステージ照明に浮かび上がる白い肌。

縛られた姿を、視姦される少女。

虚ろな瞳。

 

俺には、君が今、何を思うのかわからない。

どうして、こんなにも、俺の心は掻き乱されているのか…。

 

 

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ショーも終わり、友人はフロアにいた女の子のナンパに成功したらしく、姿を消した。

俺はあのショーの衝撃からまだ解放されず、なんとなくバーカウンターで酒を飲む。

脳内から離れない、縛られた少女の姿。

クラブのBGMにも慣れてきたが、そろそろ外に出ようと一歩踏み出した瞬間、俺の目の前を背の低い少女が通り過ぎる。

 

間違いない。

あのショーに出ていた少女だ。

 

「キミ、さっきのショーに出てたよね?俺、ちょうど真ん中あたりで見てて…。」

少女は俺と一瞬目を合わせた後、興味がなさそうに目をそらした。

「テキーラサンライズ」

凛とした高い声。

「テキーラサンライズ、濃いめね。」

酒を奢れと言っているようだ。クラブでは女性に酒を奢るのが礼儀なのだと、友人が言っていたことを思い出す。

酒の入ったグラスを渡すと、彼女はそれをゴクゴクと一気に飲み干した。

「ステージからは客の顔なんてわかんないし。」

たしかにそうか。客席側からはスポットライトで彼女の姿ははっきりと見えるが、彼女からしたら逆光だ。

「ごめん。でも、今日初めてここに来てキミを見たんだけど、本当に綺麗で、良かった。」

「あのさー、おにーさんこーゆーショー見るのも初めて?」

「うん、そうだけど…。」

「じゃあ良いか悪いかなんてわかるわけないじゃん。バカなの?」

生意気な口調だが、不思議と嫌な感じはしなかった。

「ショーを見るのは確かに初めてだったし、俺はそっち系の知識はないけど…。縛られて不自由になっていくキミは本当に美しかったし、キミがどんな事を感じながら縛られているのか知りたくなった。」

「つーか、ここで縛られたとか言わないでよ。」

あれは秘密のショーだったことを思い出す。

「ごめん。」

「あはは!おにーさんのナンパ下手すぎ。つまんないって!」

少女がケラケラと笑う。無邪気な笑顔だ。

「ま〜でも、ちょっとだけSMの素質あるかもね。じゃ。」

そう言い残すと彼女はフロアに去って行った。

 

フロアの群集の中、音の振動に合わせてひらひらと蝶のように舞う彼女の姿は、この場にそぐわないほどに可憐で繊細だった。

 

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